高野山真言宗
667-0043 兵庫県養父市八鹿町高柳1156

栂尾山 高照寺 寺史

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 高照寺寺史

 
元正天皇の養老4年(720年)行基菩薩53歳の時の開基と 云う

承和年間 唐より密教を日本に持ち帰られた空海上人(後の弘法大師)が空海の住房の京都高雄の神護寺において伝法灌頂を開かれ 比叡山の最澄上人(後の伝教大師)も弟子たちと共に灌頂を受ける

最澄の後継者と目されていた泰範上人は 最澄と共に灌頂を受けたるも再び比叡山に帰らず 空海上人の弟子となる その泰範上人が 当山の住職として但馬と京都を往き来するうちに空海上人に但馬の 寺名を栂尾山神護寺と呼稱することを許されたり と古記に見ゆ

その後 栂山の西北の庵坂に移り 栂尾山蓮花寺と改稱して一時禅宗 となる明暦元年(1655年)観音堂屋敷に移り寺号を栂尾山高照 寺と改め 当時の住職宥尊法印をもって再々中興第一世とす観音堂屋 敷にあること164年 その間住職の交代すること21人におよぶ 
この地は豊臣秀吉の八木城攻略の際の古戦場で 死者累々地相悪しき故をもって 第21世雄空法印は檀徒と相談の上 文政2年(1819年)現在地に移築して今日に至る行基開基より1288年 四度目の現在地に移りしより189年を経過せり               


              (高照寺 寺誌より 2008年1月)